こんばんは。
教員支援ネットワーク T-KNITのいがぐりです。
普段は私立の中高教員をしており、個人でもブログを書いております。
よろしければ、ご覧ください。
皆さんは教員の授業のレベルについて考えたことはありますでしょうか?
今日は授業の質とその評価について考えていきます。
✏️授業はブラックボックス化されている?
皆さんは他の先生の授業を日頃から見る習慣はありますでしょうか?
研究授業や、教育実習生が来ている期間など、ある一定の時期はお互いの先生の授業を見にいくという機会もあるかもしれません。
私自身はいついかなる時でも授業を見られても別にウェルカムという姿勢なのですが、人によってはそうでもないことも多くあります。
授業を見に来る時には一言、言ってほしいという先生も結構います。
確かに、その日の生徒の雰囲気などもあるだろうからそれも一理あるのですが、私個人の考えた方としては、授業は開かれたものであるべきではないのかなとも思うわけです。
また、教科や分掌の中で授業がどのように行われているのかの共有があったとしても、その他の先生が互いにどのような授業をやっているのかというのは、わからないものです。
そのため、保護者との話の中で初めて授業の中でこのようなことをやっていたというのを知ることさえあります。
生徒→保護者→担任という流れで授業の中身を知るのです。
教員間のコミュニケーションをとって、聞けば良いのかもしれませんが、なかなか日々の業務の中でそこまで話すのは難しいというのが正直なところでしょう。
図らずも授業の中身はブラックボックス化されてしまっているわけです。
🤖評価される授業
そんな中、教員の授業をAIが評価するという仕組みを導入しようとしているところも出てきています。
教員の授業を「5分で可視化」、宮城県内の教育機関でAI分析アプリを実証
音声データを利用して、授業の内容や質についてを点数かするアプリのようです。
現状、課題点は多数あるようですが、実際に私たち教員の授業が評価されるという状況になったらどうでしょうか。
これまで、自治体や文科省から授業の技術が評価されるということは、単発的にあったとしても仕組みとして継続的にあることはありませんでした。
その代わり、TOSSなどの非営利団体が主体となり、授業技量検定などとして教員のスキルを互いに磨いていくための仕組みがあるところもありました。
ただ、あくまでも、第三者が評価をして序列をつけるというよりかは、互いに切磋琢磨をしていくために、有志で参加をしていくというものがほとんどです。
今後、技術が発展して、教員の授業スキルを評価するのが当たり前になった時、学校はどのように変わっていくのでしょうか。
また、そのような評価制度は学校に必要なのでしょうか?
🎓教員の評価制度と授業スタイルの違い
教員を評価するという点で言えば、何校で教員の考課査定(業績評価)を取り入れた事例を聞いたことがあります。
中にはそれでうまくいったというところもあるようですが、多くの学校が教職員間の軋轢を生むに至ったとして報告を見たことがあります。
いろんな視点があるとは思うのですが、目に見えやすい仕事だけでなく、生徒や保護者が関わり多岐にわたる教員の業務に対して、これらを全て管理して評価するというのは正直現実的でもないような気がします。
生徒を評価する教員が一番評価されるのを嫌うという矛盾にも感じますが、それほどまでに見えにくい仕事であるというのも事実です。
また、授業自体を評価するとなったときに難しいのが、先生それぞれにある授業スタイルをどこまで評価軸に入れられるのかという点です。
これが30年ほど前であれば、いわゆるチョーク&トークが主流だったために、特定の評価軸でも問題はなかったはずですが、今ではさまざまな授業の形があります。
アクティブラーニングから始まり主体的・対話的で深い学び、ICTの活用に加えて、今後は調整授業時数制度によって、学習の濃淡も変わる可能性があります。
これらを全て包括的に評価できるのはやはり同業者しかいないのではないでしょうか。
そうなると、やはり一番大事なのは教職員間のコミュニケーション。
学校として必要なのは、教員同士の対話の時間をいかに取れるかということになりそうです。

