こんばんは。

教員支援ネットワーク T-KNITのいがぐりです。

普段は私立の中高教員をしており、個人でもブログを書いております。

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次期学習指導要領のに向けての論点整理の中で、最も話題に挙がっているのは調整授業時数制度ではないでしょうか?

今日はこの調整授業時間数についての記事で面白いものがありましたので共有します。

⏲授業の時間数に何を感じるか?

皆さんは授業の時間数に対してどのように意識をされていますでしょうか?

前任校であれば、私は試験までの進捗具合の確認や、実験をどのタイミングでどのように入れるのかといった部分など。

次の試験期間までに何をするのかというところを考えるための指標として使っていました。

行事などが重なってしまい、授業時間数が減った時には実験の数を減らしたり、授業進度を早めたりとあくまでも「ここからここまでの学びを終わらせる。」を目的に授業設計をしていたように思います。

そのため、どこか授業に対しての本来的な意味を見失っていたようにも思います。

教育実習の時には、毎授業や毎単元での目的を設定して、それを生徒たちと共有してから授業を始めるという形でやっていました。

それにも関わらず、なぜか教員歴が長くなり、慣れが出てきてしまうと、そこをおざなりにしてしまうところが出てきていたのかもしれません。

組織の中での教員になるため、それもしょうがないですし、毎回毎回授業進度が他の人と合わないとなると大変なので、大事な部分なのかもしれません。

それでもやはり一番大事なのは、子どもたちに確かな学びを得てもらうこと。

✍確かな学びのための調整授業時数

学校の裁量で授業を増減できる「調整授業時数制度」導入へ、柔軟化は重荷にも?問われるのは組織の成熟度

こちらの記事は、調整授業時数制度について教科学習や、標準授業時数の観点から意見をしてくれています。

公立小学校の先生の記事のようですが、現場における不安や心配感なども当然このようにあるものでしょう。

本来であれば、この調整授業時数は記事にもある通り「余白」を生み出すものとして提案されています。

例えば、教科書の中である一定の理解が追い付きにくい分野に関しては、他の項目よりも重点的に時間を創出して学ぶという方法が取れます。

その他にも、教科書内でコラムとして扱われている内容だったり、少し発展的な内容に関しても時間を割いて、より深く学習するという選択もできるわけです。

本来であれば学びの深化として提案されている調整授業時数ですが、この制度を受け入れる側が、体制を整えないとどうにも上手くいかなそうな気がします。

🎓学びの本質と現場の調整

それではそもそも、授業で学ぶとはいったいどのようなことなのでしょうか。

何をどの程度伝えれば学びは充実したと言えるのでしょうか。

指導要領に書いてある項目を全部網羅したからと言って、それらを生徒が学べたかどうかはまた別です。

子どもたちの中に残る確かな学びを得るためには、教職員が自己研鑽に励み、切磋琢磨していかなければならないのです。

授業改革は1つ前の学習指導要領によって「探究」が注目されてから、徐々にどこの学校でも進んでいると思います。

しかし、学びを深くするといったこと以外にも、まだまだ授業への改善方法はたくさんあります。

教科横断型の授業は、教科を超えた教職員間での連携が取りづらいという難点から、なかなかどこの学校でも簡単に手出しができるような授業設計はできませんし、外部とのつながりも今の教職員の労働形態では仕事がとにかく増えてしまいます。

まずは、教員1人1人が、「学びについて考える」という時間を設けて、学びと向き合っていくことが大事になるのではないでしょうか。