こんばんは!
さて、今回お答えする質問です。
「前にジャージで国語の授業を受けていたら「なんで制服で受けないんだ」と怒られたことがあった。質問したところ「先生もわからない。ルールだから。」と決めていました。 なんだかわからないままルールに意味はあるのか??」
学校には多くのルールがありますが、誰も分からないルールが数多くあるのはたしかです。では、どう考えると良いのか?
⭐ ルールは課題を超えるためにある?
この質問者さんはたぶん、学生だと思いますが良いところをついていると思いました。
なぜなら「なんだか分からないままのルールに意味はあるのか?」と感じたからです。
普通の学生では、きっとこういう考え方をせず、「面倒だから」ということで従ったフリをして、そのまま過ごすでしょう。
そもそもルールというのは先生たちもなぜできたのか?はまったく知らない方が多いと思います。僕が会社に入った時も、仕事をする前に会社のルールブックのようなものを見せられたか?というと、見せてもらった記憶はありませんし、イチイチ一個ずつ覚えているか?というと覚えてなんていられません。
しかし、いざ問題や、課題、今回のように質問された時にルールブックや、マニュアルを確認すると、結構書いてあったりするものなんですよね。
でも、書いてあるだけで理由、なぜできたのか?という経緯まではほとんど書いていません。
僕はここに新しいルールを作る余白があると思っています。
分からないという未知があるから、疑問に思う。疑問に思うから、知りたいと思ったり、現状とあっていなければ変えたいと思ったりします。
ルールは今の社会に合っているかどうかは分かりません。当時の社会性を考慮して作られることがほとんどです。
今に合っているルールなのか?それは今を生きる人達が作っていく必要があるんじゃないかと思うのです。
⭐ 新しい常識を作るには、今の常識を知ることが大事
さて、質問者さんの課題はどこにあるか?というと、もう一歩踏み込んでみることかと思います。
新しい常識を作り出すには、今の常識を理解しなければいけません。これは茶道の『守破離』に近いもので、ルールを知らない人は新しいルールを作れないのです。
コミュニティ・スクールでは学校のルールに切り込むことも多いです。例えば、朝登校の時間、地域の人に見守りをしてもらおう!なんてことがあります。
しかし、これを実現するためにはさまざまな常識を知らなければ前に進めません。
- PTAの見守り活動はどうするのか?
- 学校の先生たちの見守り活動はどうするのか?やらなくて良いのか?
- 地域の人とはどこまでか?その地域の人の最も活動しやすい時間は本当に朝なのか?
- 子供たちや、保護者にはどうやって周知するか?
- 防犯パトロールを行っている地域の組織は他にないか?
- 見守り活動をする人たちとどうやって連絡を取り合えるようにするか?何を使っていくと連絡がとりやすいのか?
- そもそも本当に見守りは必要なのか?全部に必要なのか?
などなど、変えるだけでも、いろいろな人達の『今を知る』必要が出てきます。
ここを無視して新しいルールを作ればそれこそカオスな空間が生まれるでしょう。いろんな人達に状況を聞き、良いと思うことも、悪いと思うことも知り、その上で最善の新しい常識が生まれてくる。
ルールは作る前に知ることが大切。
コミュニティ・スクールは時間がかかると言われるのはこの『知る』があるからだと思います。
ここにいっぱい時間をかけて、「おかしい」「変だ」と思う状況を一旦受け入れる姿勢を持って理解しようと努めていくと良いんじゃないかと思います。
生徒が校則を変えた事例はティーチャーズメディアのこちらの記事をご覧ください。