こんばんは。

教員支援ネットワーク T-KNITのいがぐりです。

普段は私立の中高教員をしており、個人でもブログを書いております。

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男女格差、ジェンダー、LGBTQ、さまざまな観点で近年性に関する問題や価値観の相違といったものを感じる場面が増えています。

皆さんは身の回りでこういったことを感じるでしょうか?

今日はこの価値観について考えていきます。

🌏教えるか隠すか

こういった考え方は教育的に見ると、二つの考え方に分かれます。

それは差別派と共生派ではなく、違いは認めつつも子どもには教えたくない、触れさせたくないという考え方があるようです。

確かに性自認すらままならないうちにさまざまな性について話しても混乱を生むだけのような気もします。

思春期の性の目覚めが無いうちは、男女の違いというのはそこまで大きな差を生むものでも無いような気がします。

昼休みの度に男子と遊ぶ女子がいてもおかしく無いですし、教室に残って女子とおしゃべりを楽しむ男子がいてもおかしくありません。

しかし、それがある時期を超えると子どもというマジョリティーのくくりから、男子なのに女子っぽい、女子なのに男子っぽいと言うマイノリティーの世界へ放り込まれてしまうわけです。

この段階になるまでは親もちょっとした違和感を感じていること程度で、断定をしていると言うことは少ないはずです。

その中で、性自認についての話を押し付けるのは確かに、いささか強引な気もします。

🌈性の問題は社会背景にもよる

さらにはこういった性の問題は、社会背景によっても大きく変化してきます。

例えば、アメリカの映画を見ていると学校のシーンなどで、男女兼用のトイレを利用しているようなシーンが出てきます。

映画の一つのメッセージと捉えることもできますが、海外では男女兼用のトイレもちらほらと存在します。

日本社会ではなかなかあり得ないことです。

また、痴漢や盗撮といった行為は日本人特有のもので、これもある意味社会背景によって引き起こされている行為とも言えるのかもしれません。

このようにどの国のどの文化で育ったのかによっても、性自認は変わってくるのかもしれません。

タイなんかではレディボーイやトムボーイといった存在は珍しくもなく、実に日本人の9倍近い人数がSNSで恋愛をしているそうです。

私が子供の頃は男が男を好きと言うのをゲイと言ってからかっていましたが、それも今では良く無いこととして認知している子も多いです。

社会の変化と性自認は大きく関わりがあるのでしょう。

男子校や女子校で同性愛者が増えるのも納得ができます。

👀いろんな価値観に触れる前に

そもそもいろんな価値観に触れることは決して悪くは無いと思います。

それよりも、人を見る視点が増えて感受性も豊かになり、人のつながりもいろんな視点で感じられるようになると思います。

しかし、自分自身の価値観が確定していないにも関わらず、何でもかんでもいろんなものに触れていくのは危険です。

漫画なんかでも超人的な能力を得る代わりに幼い頃から、暴力を当たり前として育てられた子が社会の中に馴染めなかったり、異常な考え方を生んでしまったりと言うのはよくあります。

考え方に触れると言うのは自分自身の軸がしっかりとしていると言う前提がひつようになるのかもしれません。

いつからでも人の考えというのは変えられるのかもしれませんが、根底にこびりついている価値観は粘り強く張り付き続けるのかもしれませんね。