今回は質問をいただきましたので、それについてお答えさせていただきます。
公教育を支援する、みんなで学びの場を作る、作る大切さやメリットは重々理解した上で質問させてください。ボランティアが前提にあるのは、なぜでしょうか?
という質問です。
ボランティアというのは、そもそもラテン語から来ていると言われています。
これは、意志というものを表す言葉で、自分の関心のあるテーマ、自分にできることから、まず始めてみようとできるのがボランティアということになります。
これがこの質問者さんの意図というものは、「どうせ活動するんであれば、労働として捉えて、そして対価をいただきたい」という質問に捉えられなくもないかなって感じました。
その上で、そもそも労働になってしまったら、辛いことになるのではないかと個人的には思ったりしたので、そのあたりを少し掘り下げてお話しします。
ボランティアではなくなったらどうなるだろう?
『任意』ではなくなる可能性が高くなる
そもそも今、地域学校協働というものがボランティアではなくなってしまった場合、多くの活動が任意ではなくなる可能性がまず出てくるのではないかな〜と思います。
任意ではないということは、「集まれ」って言ったら、集まらなくてはいけないというもの。
人間、どうしても難しい時って必ず誰もあると思います。
「難しい時はやらないことにして、難しい時期が過ぎたら復帰させていただきます」というような、自分の自由な意思で参加をしたりしなかったりっていう風なのができるっていうのが、ボランティアの本当のいいところなのではないかなと思います。
ですが、それを労働として、対価を受け取ってしまった場合、自由意志が許せなくなる。
「金銭をいただいているんであれば、しっかり働いてください」っていうふうになってくると思います。
学校っていうものが関わってくると、税金っていうところからお金が出るっていうことになります。
そうした時に、税金をいただいていて、「活動するのは無理です」っていうのは、周りの人が許さないのではないかなと感じたりします。
でも、それだとボランティアはとてもつまらなく、息苦しいものになっていきます。
なので、そうした活動する人を守るために、ボランティアっていう形を取るのではないかなと思います。
『成長』ではなく、『金銭』がメインになる可能性が高くなる
ボランティアっていうことは、対価は自分で選べるっていうことが1番ポイントかなと思います。
金銭をいただかない代わりに対価の内容は自分で考えられるということですね。
「やったことのないことにチャレンジさせてください」っていうこともできますし、全く新しい人とつながりを作るっていうこともできますし、 自分ができることを繰り返して行うことによって、自分の自己肯定力、 自分が役に立っているっていうものを高めるっていうこともできる。
これがボランティア。
どうしてそうなるのかっていうと、そもそもボランティアは自分がどうなりたいのか、どうしたいのかっていうことが主軸に置かれているからこそ、それができるのではないかなという風に思います。
ですが、そこに金銭が発生してしまった場合、その活動を継続するために、金銭を得なくてはならないと考えることもできてしまう。
自分の成長っていう目に見えないものが対価として払われるのであれば「自由でいいですよ」ってなるんですけども、金銭を得ているということは、その金銭以上の価値を提供して、そのもらっている金銭以上の対価を報酬としていただかないといけなくなってくる。
そうでなければ、回っていかない仕組みになってしまうので、 学校という場で作り上げるのは簡単ではないのではないかなぁっと。
- 資本主義社会と共感主義社会の余談(クリックして詳細を見る)
なぜかというと、教育っていうのは未来への投資で10年、20年経って、やっと成果が見えるか、もしかしたら、見えないかもしれないっていうものに対して投資をするものだったりします。
でも、多くの世の中のサービスっていうのは、今まさに困っているっていうものに対して価値を提供して、対価をいただくっていうことがほとんどです。
そうした時に、金銭を出す側がどうなるか分からないものに投資するっていうのは、非常に難しいわけですね。
なので、金銭はよく考えないと、本当にビジネスにする必要があるのか、そうやって報酬を得る仕組みにする必要があるのかっていうのは、よく考えないといけないなと思います。
『意志』ではなく、『責任』がメインになってくる可能性が高くなる
ボランティアではなくなった場合、そのボランティアではないっていうことは、ボランティっていう、その言葉の意味自体が失われてしまうのです。
つまり責任っていうことが、そもそもメインになってくるってことです。
自分が働かない、自分が活動しないっていうことに対して、何かしらの制限っていうものが発生するようになり、 働かない人に対して罰則っていうことが起こりうる可能性もある。
活動しないという選択をすることだってボランティアはできますが、お金をもらうと、本当の自由な選択からは遠ざかっていく。
何かしらの成果を上げなければいけない、つまり、ノルマを達成しなくてはいけないっていう風になった途端、活動っていうのは、とても苦しくなるんですね。
つまり、今以上に多分苦しくなるんではないかなと感じるわけです。
それが自らの意思で行えるんであれば良いんです。
私たちのような法人を立てるとか、フリーランスで活動するとか、そういうことであれば、自分の意思で始めたビジネスなので、自由が聞いて楽しいです。
しかし、他人からやれって言われたことに対して成果が出てないじゃないかって言われると、それは息苦しい活動になってしまうんじゃないかなぁって思います。
そして、報酬が出ているということは簡単には止まれない。なので、相当苦しいのではないかなと思います。
お金が取れる学校支援ボランティアはあるのか?
もちろん、地域学校協働の活動に関して2つ報酬が出てくるところがあります。(他にも教育ということであれば、教育委員や、社会教育主事なども該当するかなと思いますが、今回は省きます)
学校運営協議会
1つは学校運営協議会、コミュニティ・スクールの中心的な立場になっている委員会のメンバーですね。
委員は、 責任っていうのがくっついてくる準公務員っていう形になっているので、その代わりに報酬があります。
ですが、まあ これもほとんど報酬もらえておりません。
年間、大体1万円もらえてるかもらえてないかっていうところなので、ほとんどタダ働きです。
報酬をあげないと、法律上まずいので、出していくことになっていると思うのですが、活動の仕方はほとんどボランティアと変わらないです。
自分たちの意思でやりたいと思って、関わっていくっていうことがほとんどかなと。
地域学校協働活動推進員
そして、もう1つ、こちらは真っ当に報酬がもらえる地域学校協働活動推進委員という役職があります。
これは、何する人かっていうと、学校と地域を接続する。まぁ、コーディネーターのことです。
この役職は、今までは学校の教頭先生が行っていたコーディネート作業なんですが、学校の先生がコーディネートするって、とんでもない負荷になります。
コーディネートって、そんな簡単にできるものではないので、そこを代わりにやりましょうという役職が追加されました。
こちらは教育委員会の管轄に入ると思いますので、その人には普通の給料が払われるのが一般的です。
なので、1番負荷が高いなって思うのは、この役職の人ではないかと思います。そして、この担当者を起点に地域学校協働がスタートする。
でも、この人がいないと逆に言うと、地域学校協働はなかなかうまくいかないと思います。
学校運営協議会の委員が一生懸命活動でも、オッケーなんですけども、ほとんどはうまくいきません。
なぜかというと、そんなにお金ももらえてないから、活動に時間を避けないんですね。
でも、地域学校協働活動推進員はお仕事としてお金をいただいておりますので、そこに全力投球できます。
なので、その人が一生懸命引っ張っていってくれることで、地域が、学校が、そして子供たちがどんどんどんどん活性化していくっていうことができるようになるんではないかなと思います。
なので、教育委員会がこの制度をうまく作れるかっていうことがポイントになります。
ただ、予算の兼ね合いもあり、簡単には設置できないので、もしそれが作れなかったら、学校運営協議会が動くんじゃないかなと思います。
一応、責任のある立場なので、その人たちが中心となって、動き出して、できる限りで、少しずつでもいいから、1歩ずつでもいいから、変えていくっていうことができるのではないかなと思います。
ボランティア活動の対価は自分たちで集めるなら可じゃないかと思う
道のりっていうのは、ほんとに遠い遠いところなんですけども、でも、簡単にボランティアではなく、報酬を得た活動をしたい!と言えないところが、学校支援ボランティアの非常に難しいところかなと思います。
報酬をベースに動くと、そんなに何人も雇えないし、力の強い人だけが残り、仕事みたいになって、ノルもくっついてきて、非常に難しくなるんですね。
大人の学習の機会としてPTAがあったように、報酬以外の良さも見出すとボランティアは悪くないなって思います。
それでももし、報酬をもらいたい!というのであれば、ボランティア活動を通じて、どう利益を生み出していくか?を考えていくと良いかなって思います。
それこそ少しビジネス的に活動して、もっと自分たちも報酬を得られるようにしていくにはどうしたら良いか?を考える。
ガチでビジネスに走ってしまうと、楽しくないところに行ってしまう可能性があるので、 もし、作るんであれば、相当考えて、発展させながら収益を上げるような形でやっていく必要があるんじゃないかな、なんて思っております。
まりへいさん、このような質問をいただいて、本当にありがとうございます。
学校のボランティアって、どうしてもタダ働きというイメージがついてまわります。
どうせ活動するなら、お金ももらいたいって思います。
ですけども、その前に大事なことをしっかり形づくって欲しいなと思います。
自分はなんでこの公教育を支えていきたいんだろう?
この公教育がどうなっていったらいいんだろう?
子供たちがどうなっていたらいいんだろう?
そして、私はどうなっていきたいんだろう?
っていうことをよく考えてボランティアに参加していくと良いかなと思います。
頑張ってください、応援しています。
より詳しく知りたい方はコミュニティ・スクールの作り方・進め方マニュアルをご覧ください。